大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)160号 判決

原告 片山薫

被告 府中刑務所長

訴訟代理人 野崎悦宏 外五名

主文

原告の出廷不許可処分取消しの訴えを却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和四五年一月一〇日付でした広島地方裁判所昭和四四年(行ウ)第六号事件に関する出廷不許可処分を取り消す。被告は原告に対し右訴訟事件の口頭弁論期日に出廷することを許可する義務があることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二原告の請求原因

原告は、恐喝罪で懲役三年の刑に処せられ、目下府中刑務所において服役中の身であるが、同刑務所に移送される前収容されていた広島刑務所から、広島地方裁判所に、広島刑務所長を被告として、原告に対する書籍・新聞・雑誌の閲読およびノートの使用の制限、ラジオ放送の聴取および戸外運動の禁止・裸体にさせる処分・減食処分、広島刑務所から府中刑務所に移送する処分の各取消しを求める行政訴訟(同庁昭和四四年(行ウ)第六号図書閲読冊数制限処分等取消請求事件)を提起し、その後間もなく前叙のように府中刑務所に移送されたため、被告に対し数回にわたり右訴訟の準備手続期日および口頭弁論期日への出廷許可を申請していずれも拒否されたほか、昭和四五年二月二五日の口頭弁論期日への出廷許可を申請したところ、被告は、同年一月一〇日付でこれを不許可にするとともに、今後も一切出廷を認めない意向を示して今日に及んでいる。

しかし、拘禁中の受刑者といえども、憲法三二条によつて裁判を受ける権利を保障されており、もとより訴訟代理人を選任するかどうかは本人の自由であるから、刑の執行の如何にかかわらず、自ら裁判所に出廷して訴訟の遂行にあたることは、当然、憲法の保障する右の権利に包含されているものというべく出廷を許さない被告の処分は、この憲法上の権利を奪うものである。

また、仮りに、出廷を許可しないことが直ちに憲法上の権利を奪うものではなく、その許否の判断は、一応被告の裁量にまかされているとしても、原告は入所以来前非をくい、真面目に服役しているのであるから、被告が護送中の事故を警戒することは単なる杞憂にすぎず、護送のため費用や、戒護の職員を必要とするがごときことは、これをもつて受刑者の正当な権利行使を否定する理由となしえないのみならず、もともと、原告をみだりに広島刑務所から府中刑務所に移送したことに起因するものであるから、被告が右のごとき事情を挙示して原告の出廷を拒否することは、明らかに裁量権の範囲を逸脱するものというべきである。

そこで、原告は、被告が広島地方裁判所昭和四四年(行ウ)第六号事件の昭和四五年二月二五日の口頭弁論期日に原告の出廷を不許可にした処分は、違法であるので、その取消しを求め、あわせて被告が原告に対し右訴訟事件の口頭弁論期日に出廷することを許可する義務のあることの確認を求める。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実は認める。

憲法三二条は、当事者として自ら法廷に出頭して訴訟活動を行なう権利・自由までも保障するものではない。そして、刑務所に収容されている受刑者は、刑の執行という国家目的の達成に必要な範囲と限度において、刑務所長の包括的な支配に服すべきであつて、受刑者を訴訟遂行のため裁判所に出廷させるかどうかも、刑務所長がその裁量権に基づき合目的的な判断によつてこれを決定するのである。

ところで、原告が広島地方裁判所に提起した訴訟は、行政事件であつて法律問題が主たる争点をなすものであるから、法律の専門的知識経験を有する訴訟代理人を選任して、遂行に当らせるほうが権利の伸長保護に適切であり、原告が訴訟代理人を選任するに十分な資力を有するにもかかわらず、本人自身の出廷を固執しているのは、広島県下全域にわたつて勢力をもつ暴力団「共政会」の幹部であるところから、自己の勢威を誇示すること以外に目的があるものとは考えられず、訴権の濫用というべきであること、訴訟のためとはいえ、原告を広島に護送することは、その途中における不慮の事態の発生が危惧されるのみならず、地元暴力団の結束を固め、広島刑務所内における派閥抗争を再然させる危険があり、また、最低三名の戒護職員が連続六日間戒護にあたり、費用として少くとも六万数千円を必要とするが、限られた保安職員と予算をもつてしては、その負担に耐えられないこと。また、かような情況の下で原告を広島地方裁判所に出廷させることは、原告自身について矯正目的の達成を著しく阻害すると同時に、拘禁生活に専念している他の受刑者との間に処遇上の均衡が失われること等からみて、被告が原告の出廷許可申請を拒否したのは、裁量権の適正な行使によるものであり、今後も、原告の出廷を許可する義務はないものというべきである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

まず、原告の出廷不許可処分取消しの訴えの適否について判断する。

本件訴えは、被告が原告の広島地方裁判所昭和四四年(行ウ)第六号事件の昭和四五年二月二五日の口頭弁論期日への出廷許可申請を拒否した処分の取消しを求めるものであるが、右口頭弁論が該期日の経過とともに終了したことは明らかであるから、取消しの対象を欠く不適法な訴えとして、却下すべきものとする。

次に、原告のその余の請求について判断する。

およそ刑務所に収容されて懲役刑の執行を受けている受刑者であつても、憲法三二条の保障する裁判を受ける権利を有することは、いうまでもない。しかし、ここにいう裁判を受ける権利とは、民事、行政の事件についていえば、裁判所に訴えを提起する自由--反面、裁判所は、適式な訴えに対しては裁判を拒絶することが許されないこと(いわゆる司法拒絶の禁止)--を意味するにとどまり、裁判所に出廷して自ら訴訟を遂行する自由までも包含するものではない。もとより、かかる自由も、広い意味においては、憲法一三条の保障する自由ないし権利に属し、できうる限り尊重されなければならないが、それは、絶対・無制限のものではなく、公共の福祉による制約に服すべきことは当然であり、特に、刑務所に収容されている受刑者は、刑罰執行権の要請としての拘禁、社会隔離、教化遷善等のためにその自由を大幅に奪われていること、この種訴訟については、訴訟代理の制度が認められていて、訴訟遂行には必らずしも本人の出廷を必要とせず、費用の関係で訴訟代理人を選任することができない者に対しては、訴訟救助や訴訟扶助の途が開かれていることに徴し、受刑者は、刑務所長の許可があつた場合にはじめて裁判所に出廷することができるものであり、刑務所長は、受刑者の申請に基づき、刑の執行という国家目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内において、当該訴訟事件の種類、性質および出廷が刑の執行に及ぼす影響、護送の難易等を総合的に勘案し、合目的的に出廷の許否を決定する権限を与えられているものというべきである。

いま、本件についてこれをみるのに、原告は、恐喝罪で懲役三年の刑に処せられ、現に府中刑務所において服役中の身であるが 被告に対して原告が広島地方裁判所に提起した広島刑務所長を被告とする同庁昭和四四年(行ウ)第六号事件の準備手続期日および口頭弁論期日への出廷許可を申請したところいずれも拒否されて今日に及んでいることは当事者間に争いがないが、右訴訟のうち原告に対する書籍、新聞、雑誌の閲読およびノート使用の制限ラジオ放送の聴取および戸外運動の禁止、裸体にさせる処分、減食処分の各取消しを求める部分は、いずれも、原告が広島刑務所に収容されていることを前提とするものであるところ、原告がすでに同刑務所から府中刑務所に移送され、現に府中刑務所において服役中であることは、原告の自ら認めて争わない事実であるから、すでにこの点において不適法な訴えたるを免がれず、(もつとも、右新聞等の閲読およびノート使用の制限、戸外運動の禁止、裸体にさせる処分については、その訴えを損害賠償請求訴訟に変更し、該訴訟が現在広島地方裁判所に係属していることは、原告本人の供述するところであるが、かかる訴訟に関しても、その性質上、原告が刑務所収容中出廷して自ら訴訟を遂行しなければならない緊急の必要性があるものとは認められない。)また、原告を広島刑務所から府中刑務所に移送する処分の無効確認を求める部分は、かかる行為が果して抗告訴訟の対象たる行政処分といえるかどうかが疑問であり、仮りに行政処分であるとしても、同処分は、原告が広島県下全域にわたつて勢力を持つ暴力団共政会の幹部であるところから、原告を広島刑務所において服役させることが、本人の意思如何にかかわらず、暴力団の派閥抗争を激化させる危険性があるので、広島刑務所長が広島矯正管区長を経由して法務省矯正局長宛になした移送上申に基づく本省指令によつて行なわれたものであること本件記録に徴して明らかであり、また、移送先の決定権が本省の専権に委ねられていることをもあわせ考えれば、被告がかかる請求を含む前記訴訟の口頭弁論期日への原告の出廷を許さないことが、その与えられた裁量権の行使を誤つたものとはいえないこと明らかであるので、原告の被告に対する出廷許可義務確認の請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、理由がないものとしてこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 竹田穣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例